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2006年2月28日(火)
2月も終わり

 卒業式の設営。放送部の生徒と一緒にビデオプロジェクターの準備。午後からは予行。その後記念品贈呈式,同窓会入会式。なかなか仕事が手につかない。18時帰宅。

 作品を作る。レイアウトが決まれば,図入りリーフを作製していけばよい。でも今週夜の行事が多い。明日は卒業式の夜の部。4日は長崎でお世話になった先生の退職記念会。

2006年2月27日(月)
卒業式前

 卒業式前でなにかと落ち着かない。授業はないのだが答辞の指導を行う。飲み込みが早く,変な抑揚もなくなりだいぶ聞きやすくなった。1・2年生の期末考査も今日まで。午後ヵら久しぶりに放送室に生徒の姿が戻った。明後日の卒業式の打合せ。18時過ぎに帰宅。

 全日展出品作品の構成を考える。
 「スタンプコレクター」到着。「郵趣ウィークリー」到着。

2006年2月26日(日)
宗像郵趣

 昨夜はいつしか寝てしまったようだ。6時に起きて作品構成の作業。どうも休みには時間の感覚が違うようだ。宗像行きの出発は11時。基山で梅が枝餅を食べ,14時30分頃会場の宗像M医院院長室に到着。作品構成はいろいろ有益な意見があり,いいものになった。話題はいろいろ。私の作品中新発表の定常変種がいくつか提示できそうな見込み。落ち着いたら記事も書けそう。18時過ぎ宗像を出て,途中再び梅が枝餅を食べ,諫早で食事をすると帰宅は22時過ぎ。

2006年2月25日(土)
作品構成

 ゆっくり起床。柴田病院に通院。風邪の検診。秋野先生が14時からというので近くのダイエーの書店で時間をつぶす。14時前に戻るが,15時過ぎても呼ばれない。尋ねてみると救急患者の応対があったらしい。診察の結果点滴をすることに。結局帰宅は17時。まさに1日仕事である。

 夜はヤフオクのジャパンの締切り。H氏に安く譲ってもらったのがあったので,いくつかはセーブする。共存共栄である。
 全日展出品作品の構成を考える。明日は宗像郵趣会の例会。全日展出品作品の構成をみてもらわなくてはいけない。

2006年2月24日(金)
HC3

 年休をとって,母を日赤長崎原爆病院に連れて行く。弟が主治医だからである。結構時間がかかる。ヤマダデンキで3月3日発売のハイビジョンカメラHC3の情報を仕入れに行く。148000円のポイント5%だそうで出た後ならもう少し有利になるだろうとのこと。急いでいるわけではないので静観。久しぶりに心が動く製品である。ヤマダデンキと同じ敷地内のガストで食事。弟の家に立ち寄り野菜などを降ろして帰宅。少し切手の整理をする。

2006年2月23日(木)
最後の授業

 今日で特別編成授業は終わり。午前中は添削,午後からは進路決定者の卒業発表会。そして本年度における最後の授業。それが終了してから体育館で特別編成授業閉講式。質問者も多かった。国語部会のpdfやっと7号終了。19時帰宅。

 特別編成授業では旺文社の「2006大学入試問題正解国公立大学編」をテキストに使用したが,解答に誤りが散見された。解答に納得できないので通称赤本の大学別の方で確認すると私の解答と同じ。短期間に正解を作らなければならないので担当者ごとのばらつきがでたのだろう。記述の方も要点をうまくまとめてあるのは赤本の方である。


 ようやく切手関係ができる。

2006年2月22日(水)
白梅

 庭の白梅がほぼ満開である。朝明るくなった空を眺めてやっと気づいた。横の紅梅はまだ蕾である。今日で国立理系国語の授業は終了。明日の国立文系国語2時間を残すのみとなった。でも相変わらず小論文と個別の添削。放課後はその指導。東大受験者の指導も。「国語研究」誌pdfファイルに変換。

 「JPSオークション」到着。

2006年2月21日(火)
夜学

 特別編成授業も木曜日まで。添削・授業に追われる。金曜日から2次試験に出かける生徒が多い。土日が試験。帰ってきて27日・28日が卒業式準備,1日卒業式という日程である。その後も後期日程にあわせて生徒は登校するが,個々の生徒の対応になるだろう。超多忙なのも木曜までだ。
 国語部会の50号記念のDVD制作。pdfファイルに過去50冊の機関誌を収めてしまおうというもの。今日2号分済んだ。夜学の当番も今日で最後である。21時に本館前の交通整理に出るが,保護者も慣れたのかスムーズにいった。21時30分過ぎ帰宅。

 今週を乗り切れば切手にも時間が割けるだろう。

2006年2月20日(月)
ヒンジとハウイド

 また1週間が始まる。この2週間休みという物を取っていないような気がする。休みとは家でのんびり過ごす時間だ。夜もまた何かと仕事があるし。授業の合間にひたすら添削。昼休み・放課後はその指導。午後からPTA評議員会。17時30分からPTA懇親会。生徒の指導でやや遅れて参加。以前担任をしていた生徒の数名の保護者と話をして消息を知る。兄弟が在籍中なのだ。病み上がりというのを口実にウーロン茶で過ごす。2次会もそれを口実に辞して帰宅。20時前に帰宅。

 久しぶりに早く帰ったような気がして,アルバム整理。ヒンジとハウイドをほんとうに久しぶりに触ったようだ。
 109000アクセス。

2006年2月19日(日)
中地区放送コンテスト

 9時過ぎに中地区放送コンテスト会場のたらみ図書館に到着。会場設営を手伝う。10時受付,顧問・審査員会があり,11時から高校生の部審査。テスト前と言うことで参加校が少なく37名の審査。12時過ぎに終了。集計後予選通過者発表。すぐに弁当を食べて,長崎に向かう。長崎郵趣会の例会が郵便局が使えなくて流会になりそうだったのだが,実行委員会の6名だけでも集まろうということになり,アミュプラザの4階の中華料理店の座敷で食事後進行状況を確認する。私はデザートのみ。終了後JRホテルのラウンジでコーヒー。意外に早く終了したのでたらみ図書館へ戻る。16時頃到着。予定では16時30分終了だったのでまだあっていると思いきや,予定が早く終わりちょうど撤去作業も終了したとのこと。上位は午前中の審査の通りの結果。残念ながら本校は出場できなかったが,テスト前にもかかわらず出場が認められたO高校の生徒が優勝。この生徒のみ本校の生徒の読みレベルまで到達していると思われた。
 過去2年この大会で1・2位を独占してきたが,今年は本当に残念である。頑張っている生徒や放送部が活躍するのを喜ばない人間が発言力を持つ校内の組織では生徒がかわいそうである。
 「学年末考査が重要」なのは誰もが異論ないところ。でも放送部の生徒は成績に不安がない生徒が多くぜひとも出たいと願っているのに,テスト前だから出るな,「学業が第一」などと耳に心地よい大義名分をかざして切り捨てることが教育的かというと大いに疑問が残る。
 現に同じような状況で2校は審議会を開いて自主的に判断し,出場できたし,2校は部員で自主的に出場しないことを決めて出場しなかったのを理由に(他校の判断まかせ:無責任ということ,自分の判断は停止),出場を認めない。事前に部員には成績面で不安があるなら出なくてもよいと意見を聞き12人中11人が出たいという意志表示をしたのだが,出ない1人を狙って,審議会が始まる前にその出ない1人を体育の授業中に教官室に1人で呼び出し,出ない2校の状況を詰問するという恐ろしさ。その時点では未確定情報なので知らないで通すべきなのに密室で生徒は弱いもので,未確定なのにI高とK高は出ないと言ってしまったのである。I高とK高は審議会を開いてもいないのにである。長年在籍者が強大な発言権があるというのは問題である。

 17時30分に帰宅。疲れて寝る。

2006年2月18日(土)
土曜講座

 午前中3時間連続で土曜講座。授業後柴田病院へ。手術執刀のA先生が大学病院から見えられる日で術後の経過についての面談。14時前に帰宅。

2006年2月17日(金)
理事・役員会

 久しぶりの晴天。午後国語部会の理事・役員会。議題をもとに事務局長として事務局の意向を説明する。諸般の事情で19年度の九州大会を島原地区で開催せざるを得なくなった。2年間の事務局としての会議も今日で終わり。後は現在編集中の会誌を3月20日までに発行することが最後の仕事である。添削を少し片づけて帰宅。19時。

 全日展の作品構成を考える時期。

2006年2月16日(木)
5円捕鯨無目打田型

 今日も雨。添削に追われる。校内初任者研修実践発表会が放課後開かれた。パワーポイントで2名の先生がプレゼンテーションされる。昨日1・2年生は期末考査時間割発表があったので,放課後の部活はなし。放送室にも放課後は生徒の姿が見えない。風邪の苦しみに耐えず17時30分柴田病院に行く。先生が会議中とのことでしばらく待つ。担当の松尾先生は三内(さんない)で弟のことをよくご存じだった。国立循環器病センターに前後して行かれたとのこと。19時過ぎ帰宅。

 昨日の誤植についてさっそく日本郵趣出版から連絡あり。さすが対応は早い。日記のつぶやきに耳を傾けていただき恐縮である。
 「スタンプシバタオークション」到着。
 JAPANのオークションを病院の待合室でみていると,5円捕鯨の無目打田型の使用済があった。これまで私製目打の使用済は複数点発表されていたが,この使用例が発表されたことにより,広く無目打は出回り,郵便局でも無目打を疑わず使用したことがわかる。貴重な資料だと思う。まだまだ3次昭和や1次新昭和の無目打切手が窓口にあった時代だからだ。

2006年2月15日(水)
誤植

 天気がすぐれなかったが,とうとう雨に。添削指導。風邪で気分がすぐれず18時帰宅。帰宅時濃霧だった。

 「郵趣研究」のシドニー展出品作品中,私の作品名が誤植だった。「昭和切手1936-46」でなく「昭和切手1937-46」が正しい。

2006年2月14日(火)
郵趣研究

 ようやく余裕が出てきた。でも添削に追われるのは相変わらず。放課後放送部。授業の合間にもいくつかもらったが,バレンタインデー。心優しい生徒達である。最近の流行は手作りらしい。上田歯科の定期検診に行く。センター試験の頃いくはずだったのが,今日になってしまった。今年最初である。20時帰宅。

 「郵趣研究」到着。「スタンプマガジン」到着。

2006年2月13日(月)
JAPAN到着

 3日間学校を留守にすると,机上に処理すべきものが山積。空き時間は添削,添削,添削。小論文と難関大学。それに授業の準備は2次試験の過去問。今日は夜学の当番日。19時から同窓会誌の編集委員会が同窓会館で。21時まで続け,21時に夜学の保護者送迎の交通整理。再び会誌の編集作業。ひととおり終わって帰宅したのは22時。

 やっと到着,「JAPAN STAMP AUCTION」。何をさておいても,ざっとひととおり眺める。胸をなで下ろす。今回は所用で大阪には行けそうもないからだ。「郵趣ウィークリー」到着。
 「九州郵趣」到着。村岡氏のJAPEXでのグランプリ受賞は九州では初めてとの記事に納得。「全日本郵趣」掲載号ということで複数部寄贈を受けた。第3種重量便として切手が貼ってあるのが嬉しい。
 108000アクセス。

2006年2月12日(日)
放送部顧問研修会3日目
 午前中2本の講座。全国大会決勝の審査を実際にしてみるというもの。細かい審査ポイントごとに採点していくと,減点が少ない読みが上位に行くこともある。どんな審査にもつきものである。マイナスも多いがいい読みというのは,審査ポイントごとの審査では点数が低いが,果たして全国大会の結果は?やはり直感的にうまい生徒が上位になっていた。審査員の総意というものであろう。
 午前中のもう1本は佐賀と大分の先生方によるシンポジウム形式の番組作りの実際。発想面をいかに鍛えるかという点で私にとって有益だった。
 午後は質問形式での疑問点をきこうというもの。活発に討議し,終了がずれ込んだ。
 会終了後,撤去作業をし,出島道路・長崎道経由で帰宅。18時過ぎ。そのまま寝てしまう。
2006年2月4日(土)
放送部顧問研修会2日目

 昨日(今朝?)やっと発表原稿をパワーポイントで仕上げ,会場へ。10時受付だが9時30分には到着し,機材等のセッティング。「番組部門制作校倍増計画」と題して10時30分から12時までの予定が少し過ぎてしまった。要は番組制作は難しくはないというのをいいたかったのでした。会終了後何人かから反応をきかせてもらった。午後アナウンス朗読の講座2本。県内50名県外60名の参加。九州外18県の参加だそうだ。群馬県が北限らしい。懇親会は「四海楼」で。途中ランタンフェスティバル会場を通っていく。2次会は天野先生「かかりつけ」の「プチマダム陽子」例年と同じである。30名以上の盛況。県外の先生が多いのは人徳ゆえ。その後はおとなしく帰りホテルロビーで友人と歓談。ホテルアイビスは放送専門部料金で安く泊まれた。

2006年2月10日(金)
放送部顧問研修会1日目

 放送部顧問会1日目。諫早の文化会館で。午前中は年間反省等の運営に関する総会的な内容。午後は研修講座。終了後機材を取りに勤務高校へ。18時前に到着。放送部へ。明日の準備をし,機材を積み込み帰宅19時30分。明日からは長崎で。

2006年2月9日(木)
放送部顧問研修会準備

 昨日の出張のせいで,窮屈な1日。授業の合間休む間もなく添削,添削,,添削。放課後職員会議。17時すぎから放送部で明日から始まる顧問研修会の持参MDの作成。2日目に私が受け持つ講座の原稿作り。印刷まで済ませたのが21時過ぎ。21時40分頃帰宅。明日から放送部顧問研修会,3日間忙しくなる。

2006年2月8日(水)
超能力

 1・2校時と続けて授業の後,準備をして11時頃出発。途中諫早のファミレスで食事をし,諫早から高速に乗り,東そのぎインターまで。川棚経由で波佐見高校に13時30分着。佐世保地区の国語科主任会である。事務局としての参加。18年度の会場校と18年度の県大会・九州大会の発表者を決める大事な地区なので私が出席。
 会終了後,旧友が某高校の主任として参加していたので,喫茶店で話しでもということで,波佐見町内をくるくるまわるが,見つからず。波佐見温泉館があったので入って行くも喫茶店はなかった。そこで思い出したのが川棚。駅前に喫茶店があったではないか。そう,かの有名な「あんでるせん」。今まで不思議と縁がなかった。店内は予約制で,1階の店で友人が予約すると入れるという。普通簡単に入れないそうで1日がかり時には数日の予定で全国から集まるそうだ。表にはマジックパーラーとの表示。店内に入ったのが17時過ぎ。チョコパフェを注文。しばし友人と近況報告・情報交換をする。店内の客が食べ終わった頃,ショウの開演。普通の人から見たら超能力としか思えない現象の数々。ここに来るためだけに川棚町に来るリピーターも多いらしい。知る人ぞ知る店。「川棚 あんでるせん」で検索するとたくさんのヒットが出るはず。
 今日は我々2名以外は十代二十代の若者が多かったため,若者向けの演出だったと以前来たことのある友人は話していた。
 19時30分に店を出て,友人と別れ高速道経由で21時30分頃帰宅。

 切手の原稿は気になるが,なかなか進まない。

2006年2月7日(火)
MD録音

 国語部会の仕事。明日の地区主任会の打合せ。三地区同時にあるので事務局から三地区に分かれて出席する,その打合せである。3年生の添削。放送部は顧問研修会に持っていくMDの録音。19時30分帰宅。

 「SEVEN」到着。

2006年2月6日(月)
3円国立

 1週間の始まりであるが,今週は出張が多い。国語部会の部会誌の編集にかかる。それ以外にも何かと仕事を抱え,優先順位をつけながらの作業である。2次試験の出願校も決定し,必要科目に絞って受講。小論文の添削や難関校の国語問題の添削,授業と落ち着かない日々が続く。放課後は放送部の読みの指導。地区の放送コンテストが19日。それに向けての練習である。夜学の当番で21時終了後の保護者の送迎時に外で見送る。22時前帰宅。
 
 「タカハシスタンプオークション」到着。
「郵趣ウィークリー」到着。3円切手に国立印刷局銘版登場とのこと。

2006年2月5日(日)
ラストエンペラー

 天気がいいので,ドライブしたくなる。新しいクルマの高速走行を試すために,長崎自動車道経由で出島道路を通り長崎歴史文化博物館へ。先日から「北京故宮博物院展」が開かれているのだ。3月5日まで長崎,これを嚆矢として京都展が4月28日から1ヵ月,前橋展が6月3日から,大分展が7月5日から,東京展が9月6日から,宇都宮展が10月4日からと全国6ヵ所で開催の予定。第一部清朝の黎明・沖天,第二部清朝の動揺−女帝・西太后,第三部清王朝の落日−最後の皇帝宣統帝溥儀の構成。溥儀の写真は満州切手でおなじみのもの。図録2000円も購入したが,年表・解説ともに役に立ちそう。常設展のほうも休日限定の寸劇を15時から見る。16時30分に遅い食事をし,帰宅したのは,19時30分過ぎ。

2006年2月4日(土)
構成

 1・2年は実力テスト,3年のみ土曜講座。午前中授業,午後からクルマでホームセンターに行き,いろいろ買い物。新しいクルマだと出かけるのも楽しい。

 そろそろ全日展出品作の構成を考え始める。107000アクセス。

2006年2月3日(金)
マラソン大会

 1・2年生はマラソン大会である。3年生は授業。女子のスタートが10時30分なので,1校時の授業と2校時の途中までして会場の陸上競技場に駆けつける。眉山の麓,観音公園の横である。放送部員は女子だけなのでビデオの撮影ができないため,私一人でしなければならないかと思っていたところ,新聞部の男子4名が手伝ってくれたので,2カメ態勢で撮影。男子になると,撮りたい放送部員は多く,もう1台増やして3カメで撮る。放課後は読みの指導。今回の読みで,今日が初めて指導を受ける生徒が多くやっと関心が出てきたところか。18時30分に帰宅。車検が終了し新しいクルマが納車されていた。家の備品や灯油の買い出しを兼ねて,少し乗ってみた。

 「SEVEN」のHPに表紙が公開。ここのところ昭和切手のいいものが出ている。

2006年2月2日(木)
未発行実逓便

 2月,年度末の仕事の助走の期間。ここで頑張ってやっておかないと3月で苦しむ。
 そこでようやく国語部会の部会誌の編集に取り組む。送られてきた原稿のうち,ワープロ打ちのものはスキャナとOCRで文字データに10ページ以上は疲れる。手書き原稿は,テキストファイルに打ち込んで文字データに。原稿用紙4枚打つのも疲れる。こうやって下ごしらえやって来週一気に割付だ。もちろん使用ソフトは「パーソナル編集長である。公私ともに活躍のDTPソフト。
 授業の合間の難関校や小論文のの添削も増えつつある。
 19時30分から同窓会館で同窓会の打合せ。なんとか21時前に終了し,今日から開始の「夜学」の保護者送迎のラッシュに巻き込まれないで帰宅できた。21時30分帰宅。

 「切手研究430号」到着。表紙は東宮ご婚儀未発行切手の唯一の実逓便。「日本フィラテリックセンターオークション」誌到着。

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2006年2月1日(水)
今日から2月

 今年は,センター試験が最も遅く実施された年だそうで,その影響で少しずつ日程がずれている。例年なら今日あたりから夜学実施のはずだがと思い過去日記を見ると、昨年は1月31日の月曜からだった。ということは30日からだったのかと考えれば,4日遅れである。明日から実施なのだ。放課後放送部へ。読みの指導を4名ほど。意欲的になってきた。18時30分帰宅。

 「紙の情報誌」到着。U小2銭に「帝」字の二画目が長いのがあるとの発表。しかも後期12にである。多分定常変種なのであろう。興味深い。「郵趣」到着。選挙証票の封書使用例は初見のもの。もうすこし封筒とタイしていれば感じいいカバーになるだろうにと思う。消印は大阪中央。

  2006年2月


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